最終稿 アルコール依存症におけるハームリダクションとは
最後は本疾患におけるハームリダクションについて意見を述べ,本稿を終えたいと思う。
薬物依存症の治療では「ハームリダクション」という用語がある。
これは例えば
「覚醒剤依存症では患者同士が注射器の使い回しをするためHIVの感染が蔓延する」
という現状に対し,
「覚醒剤の使用量を今すぐ減らすことは困難だが,注射器が使い回されなければHIVの感染を容易に減らすことができる」
という視点で,
「行政が無料で清潔な注射器を繁華街のトイレなどに置き提供する」
という施策である。
馴染みのない方が聞くと,とんでもない話に聞こえるかもしれないが,
すでに欧州では有効な施策として運用されている。
この話をアルコールに置き換えたなら,どのようになるのか。
いわゆる「減酒」をハームリダクションと呼ぶことは,どこか異なる印象を受ける。
なぜならハームリダクションとは,当該物質の使用量が減らせない際に考えるセカンドベスト(次善策)だからである。
では,アルコール依存症において「何がその次善策にあたるのか」と言うと,
それは「自殺の予防」ではないだろうか。
自殺とアルコールとの関係については精神科医であれば誰もが知るところである。
アルコールによる二次的なうつ病の発症だけでなく,普段は恐ろしくて起こせない行動が,
酩酊することで恐怖心が和らぎ実行されてしまうとの報告がある。
一方で,アルコール依存症の治療は本当に難しい。
医師は患者の酒量が一向に変化しなければ,
「治療者としての無力感」をもたらす相手を憎むリスクを抱えている。
そしてその負の感情に押しつぶされそうになったなら,
正論を振りかざし,転院や入院を勧めてしまうおそれもある。
しかし,このハームリダクションという視点に立ったなら,
医師はその責任感を少し手放しても良いのかもしれない。
なぜなら,たとえ患者の酒量が減らなくとも,
治療者が肩の力を抜くことで,頻回かつサポーティブな診察が継続され患者の自殺が防げたなら,
それはセカンドベストどころかワンオブベストと言えるからである。
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない。
(精神神経学雑誌 123: 500-505, 2021)
プラセボのレシピ:第424話
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