第六講 嘘つきではなく多重人格
ここで言う多重人格とは,解離性同一性障害のことを指すのではなく
「人の意識下には複数の意志が同時に存在している」
という意味である。
例えば,Aさんなる女性が
「今年のお正月は沖縄へ行きたい」
と考えたとする.しかし,調べてみたところ,その時期の旅行代金が通常の3倍ほどであったため,
「お正月は沖縄以外の場所へ行きたい」
となったとする。
一方,予想していた値段と同じ金額でハワイにも行けることを知ったため
「お正月は沖縄ではなくハワイへ行きたい」となったとする。
しかし,そんな情報ひとつで自分の意見をコロコロと変えるAさんを
「嘘つき」呼ばわりする人はいないであろう。
つまり「お正月は沖縄」と考えていた彼女の意識下には,沖縄以外にも行きたい地域が多数存在しており,
しかし,そこでさまざまな事情が統合され,「沖縄に行きたい」となっていただけなのである。
それこそここで,Aさんに大富豪の恋人ができ,
彼から「お正月に宇宙旅行に行かないか」と誘われ快諾したならば,
彼女の意識下には,「正月は宇宙へ行きたい」という想いも存在したのである。
しかし,彼から誘いを受けるまで,その実現性の乏しさから彼女がその想いに気がつくことはまずないのである.
繰り返しになるが,人は誰もが多重人格である。
例えばこうして読書をしている際にも,意識下には
「喉が渇いた」
「トイレに行きたい」
「あの仕事を片づけねば」
といったさまざまな意志が存在している。
しかし,それらは「意識下における多数決投票」なるもので一位をとるまで自覚されることはない。
では,この話を依存症患者の心理にあてはめてみる。
すると,患者の意識下には本人も気がつかないさまざまな飲酒への意志が常に存在することが理解できるのである。
つまり患者が家族の前で二度と飲まないと発した言葉に嘘はないのである。
しかし,その意識下には
「しばらくやめたらまた飲もう」
「いつかまたお酒とうまくつき合えるはずだ」
などの飲酒意志も存在しており,
時間とともに飲酒で失敗した記憶が薄れると,当人の「断酒意志」も低下していき,
それが意識下にある「飲酒意志」を下回ったタイミングで患者はスリップするのである。
その後はと言うと,どこかのタイミングで家族も気づき当人を問いただすのだが,
その際,患者が飲酒の事実を述べない理由は,患者が嘘つきなのではなく,家族間の構造に由来することは先に述べた通りである。
(精神神経学雑誌 123: 500-505, 2021)
プラセボのレシピ:第420話
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