プラセボのレシピ

プラセボのレシピ header image 2

「自分の才能」を知りたい!

2012年06月09日 · コメント(2) · モチベーション

「自分の才能が何か」を見つけるには、どうすればいいのでしょうか?

僕がたまに受ける質問である。

 どうしたら、自分の「才能」を見つける事ができるのだろうか。

今日はその事について考えてみたい。

 だがその前に、まず少し違う話をしてみたい。

「意志の力」についてである。

 以前、大学別の「合格者の平均勉強時間」

 といった内容の調査データを見たことがある。

 そこには「勉強時間」のトップは「東京大学」と書かれていた。

 これは不思議な事なのか、当たり前の事なのか、どちらなのであろうか。

いわゆる「東大」に受かるような人は
「勉強」が得意であり、記憶力や計算能力などがずば抜けて高いはずである。

 しかし、もしそれらの能力が高いのであるならば、逆に「勉強時間」は短くても良い気がするのである。

 (仕事でも勉強でも、できが悪い人ほど、多くの時間を割かなければいけない気がするのである)

 しかし、現実にはやはり「成績がいい」人は「勉強時間」も圧倒的に多いのである。

 なぜ、彼らは他の誰よりも「長時間」机に向かえるのだろうか。

いわゆる俗に言う「意志が強い人」のだろうか。

 それもまた少し違う気がする。

もちろん、強い人もいるのだろうが、東大合格者であっても

 ・タバコがやめられない

・ダイエットに成功できない

・ギャンブルがやめられない

 そんな人達もたくさんいるだろう。

(上記のような人達は、よく「意志」が弱いと言われている)

 では、なぜ彼らは「長時間」受験勉強をこなせるのであろうか。

 それは、一言で言えば

 「やれば受かる」

 と信じているからなのである。

 彼らは「自分なら頑張れば東大に受かる」と信じているからこそ、どの受験生達よりも「長時間」机に向かえるのである。

 僕達だってそうであろう。

イメージしてみて欲しい。もし今、不幸にも「職」を失い、途方にくれていたとする。

これからどう生きていけばよいのか。家族をどう支えて行けば良いのか。

 本当に困っているときに、

 今から、十ヶ月、毎日○○時間勉強すれば、100%東大に受かります

 こう、保証されたならば、多くの人が「やってやる」と思うのではないだろうか。

(とりあえず「東大」に受かれば、塾の講師業などは引く手あまたである)

逆に、保証が無ければ、少なくとも僕は「今から東大を目指す」などという事は、どんなに困っていても頭にもよぎらないのである。

つまりは 「頑張れる人」というのは、他の誰よりも「自分の出す結果」を信じている人なのである。

 格闘技の世界でも同じである。

どのトレーナーや選手に聞いても、必ず

 一番練習しているのはチャンピオン

 と口を揃えて言うのである。

 チャンピオンは「チャンピオンになれる」と信じていたからこそ、他のどの選手より「努力できてきた」のである。

「意志の力」とは、努力が導く結果を「信じる心」とも言えるのである。

 どんなに周りが

 ・おまえには無理だ

・そんな事はやめておけ

 と止めようとも

 いや、自分なら必ずできる

 と信じるからこそ、圧倒的な努力の「量」を重ねられ、結果を出せるのである。

 話を元にもどしてみたい。

「自分の才能が何か」を見つけるには、どうすればいいのでしょうか?

 この質問に対する答えだが

残念ながら、こういった質問を他人にするような人に
「いわゆる飛び抜けた才能」というものは絶対に無いのである。

 なぜならば、才能とは

 例え、周りの人がどんなに否定しようとも、「自分だけは心から信じている己の能力」であり

その結果「圧倒的な努力量」をこなせるもの、だからである。

 自分の方から「誰かに教えて貰いたい」「どうすれば見つかりますか」などと言うようなレベルでは話にならないのである。

 ずいぶん乱暴な言い方かもしれない。

これでは「無い」と気付いた人は「救われない」と感じるかもしれない。

 だが、もちろんそんなことはない。

そしてもちろん「僕自身」も「無い」人間である。

 でもだからこそ、そう「自分を妄想的に信じる何か」など持っていないからこそ

逆に「自分には努力しか無い」

という事実に気がつけるわけであり、

結果、誰よりも頑張れる気がしてならないのである。

タグ :

コメント(2)

  • 神戸 靖雄

    圧倒的な努力ができることが才能ではないかなと思います。あることに対して圧倒的な努力をしようと思える背景には心が揺さぶられるようなきっかけがあるように思います。

  • yuking

    神戸さま

    メッセージありがとうございます。
    「才能がある」と認められるには、「実力」と「結果」が必須であり、その背景には圧倒的な「量」が不可欠とされますよね。同感です。さらにその背景にある「心理的な動き」。ご指摘ごもっともです。(^o^)