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パチンコの楽しみはどこにある ?

2018年11月10日 · コメント(0) · 依存症

診察室で、初対面のパチンコ依存症の患者さんに対して、

「あなたにとって、パチンコの何が楽しいのかを教えてください」

と質問をすると、誰もが言葉に詰まってしまいます。

なぜなら、患者さん自身も「なぜ、自分がそこまでパチンコにはまっているのか」が分からないからです。

しかし、質問をされたからには懸命に答えを探さそうとされますし、誰もが何かしらの答えを述べられます。

先日も、とある患者さんに同様の質問をしたところ、彼は困惑しながら「習慣だと思います」と答えました。

そこで私が、

「ではあなたは、帰宅ルートに暴漢が待ち構えていることを知りえた際も、『習慣だから』という理由でルートを変えることなく、みすみす暴漢からお金を巻き上げられるのですか?」

と尋ねると、彼は「そんなことはありません」「習慣的な帰宅ルートを変更して帰ると思います」と話されるわけです。

もちろん、これは彼がが嘘をついているのではなく、「自分は依存症という病気である」という自覚を持てないがゆえに生み出される、否認(自分に対する嘘)と呼ばれる症状です。

そもそも、私はかねてより「パチンコというゲームは面白くない」と考えているのです。

なぜなら、パチンコは麻雀やゴルフと違って、お金を賭けない(換金できない)状態で楽しめる人が皆無だからです。

ゲームセンターには、メダルゲームの一つとして、パチンコ台が置いてあることがあります。

しかし、それすら、所詮はメダルを賭けているから楽しいのであり、またメダルが換金できない以上、いつしか必ず飽きてしまうのです。

事実、そうした台に行列ができる話など聞いた事がありませんし、「メダルゲームのパチンコが原因でサラ金に手を出した」なんて人が私の依存症外来を訪れたこともありません。

また、パチンコ台は定期的に様々なキャラクターとコラボレーションをしていますが、その理由も「パチンコ自体は楽しくないから」であり、こうした現象は将棋や麻雀では起きえないのです。

つまり、依存症であろうとなかろうと、パチンコをしている人は、「結局はお金を賭けているから熱中しているに過ぎない」ということです。

そして賭けである以上は、その対象が株であれ仮想通貨であれ、損益が膨らみ続けているにも関わらず、その銘柄に賭け続ける行為は極めて不合理ですし、

ましてや「借金をしてまで」なんていうのであれば、それはもう極端に知性が欠けているか、病的な精神状態と判断せざるを得ないのです。

では、なぜ世の中にはこうした病的な精神状態(ギャンブル依存症)になってしまう人がいるのでしょう。

次回はその事について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第351話

※ 依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています。

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