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「身なり」は誰のため?

2013年03月17日 · コメント(2) · 人生, 成功哲学

ジャージを着ながら、ロレックスをはめる人。

ホテルのラウンジや、お寿司屋さんなどで、たまにではあるが、こういった人を目にすることがある。

僕は、この格好をした人が苦手である。

なぜ、ホテルや寿司屋にジャージ(体操着)なのか。

それは間違いなく「自分が楽」だからであろう。

なぜ、ジャージにロレックスを合わせてくるのか。

それは、着ているのは(安価な)ジャージだけど、「貧乏ではない」と、思われたいからであろう。

もちろん、近所のコンビニやスーパーであるならその格好でも構わないのだろうが、それはそれで「センスの悪さ」に寒気を覚えるのである。(ジャージに革靴を履いているようなものである)

こういった人は、決まって

「服装は個人の自由だ」と考えている。

しかし、ではなぜ

スタバではなく、ホテルのラウンジで、1杯1000円も出して、コーヒーを飲む人がいるのか。

4000円の「上寿司のセット」ではなく、あえてカウンターに座り、その倍のお金を支払う人がいるのか。

「ジャージにロレックス」で、こういった場所に堂々と来る人には、この事への理解が欠如しているのである。

わざわざホテルのラウンジでコーヒーを飲む人や、あえて寿司屋のカウンターに座る人の多くは

コーヒーやお寿司に対してのみ、お金を支払っているのではなく、空間や雰囲気に対しても同額かそれ以上のお金を支払っているのである。

そう。つまり身なりとは、空間を提供している店への配慮であり、またその空間を買っている人へのマナーなのである。

そしてもう一つ、この服装に関して、僕の苦手なタイプの人がいる。

それは、自分よりも立場が弱い人の前で「どうだ」と言わんばかりの格好で登場する人である。

まあ、彼らは、いくらベンツに乗ろうと、ロレックスをはめようと

「セクシーな男性」と「ギラギラしているだけの男」の違いには、到底気がつけないのであろうが。

自分の服装を

自分が「楽だから」または「羨望の目で見られたいから」などといった、エゴを得るための手段に用いるのか

そうではなく

周囲の人を不快にさせない「マナー」として捉えているのか

「身なりは人をあらわす」

この言葉の真意はこんなところにあるのでは、と僕は考えているのである。

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コメント(2)

  • かつみ

    人の身なりとか躾って、大人になると余り言われなくなる。大人だから、当然知っていることなのかも知れないのですが、これがまた厄介です。当然、知っていることと思われているけど、これがなかなか、、。
     しつけ(躾)って素敵な漢字ですね。身なりも同様です。いくら学位が高くても、社会的評価の高い仕事についていても。育ちって出てしまう。こわいこわい。

  • yuking

    マナーとは、できて当たり前であり、また破ると途端に評価が大きく下がる。
    しかし、マナーの根拠はただの大衆の習慣にすぎなかったりもするわけで。
    難しくもあり、また面倒と感じるときも少なくないものですよね。