プラセボのレシピ

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行為依存症とは、PTSDである!?

2018年12月11日 · 依存症

今日は、痴漢や盗撮、ギャンブル依存症などに代表される「行為依存症」の原因について書いてみたいと思います。

結論から言うと行為依存症の原因はビギナーズラックです。
「最初にドカンと当たったから」ただそれだけなのです。

私はこれまで「競馬は止められないけど、競艇(競輪)は止めている」なんて方にたくさん会ってきました。

そこで「なぜ競艇は止められたのでしょう」と尋ねると、誰もが「競艇はつまらなかったから」と話されるのです。

しかし、ギャンブルにおいて「つまらなかった」なんて理由は有って無いようなもので、ようはそれで「勝てなかった」だけなのです。

つまり、誰だって(それこそ依存症になってしまった方であっても)、もし初回のレースで数万円負け、二回目でも数万円負けていたなら、

「ギャンブルなんてくだらない」「二度とするもんか」という価値観になるわけです。

しかし、不幸にも「初回で」または「大きく負ける前に」ドカンと当たってしまうと人はその記憶に縛られ、

「○○にお金を賭ける」といった行為が、人生のあらゆる行為より価値を帯びてしまうのです。

もちろん、ビギナーズラックを当てたからといって、全ての方が依存症になるわけではありません。

しかし、突然「悲惨な体験」を被ることでPTSDを発症されてしまう方がいる様に、

突然「大きな当たり」を体験することで、ギャンブル依存症を発症し、「お金を賭ける」という行為に病的に囚われてしまう方がいるのです。

恥ずかしながら私自身、精神科医になってしばらくの間は「行為依存症」という病気について、その存在すら知りませんでした。

しかし、よくよく考えてみると、これとよく似た現象は、私たちの身の回りでも起きているのです。

「昔は〇〇が嫌いだったけど、××をきっかけに〇〇が大好きになった」なんて話がその典型で、

「キュウリが大の苦手で、匂いすら耐えられない」なんて方が、たまたま棒棒鶏(バンバンジー)を食べ「美味しい」と感じると、その後は棒棒鶏はもちろん、キュウリという野菜自体をも「美味しい」と感じるようになったり、

あとは、「ミスチルの良さが分からない」なんて方が、同僚がカラオケでミスチルを歌った際に「あれ、この曲すごくいい」なんて感じると、「それを機にミスチルの大ファンになってしまった」、

こうした話はいたる所にあるのです。

ネガティブな価値観が突然ポジティブな方向へと大きく揺れ動かされると、

私達の脳内には、消去することが極めて困難な「依存症回路」なるものが形成されてしまうのです。

プラセボのレシピ:第354話

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痴漢の「認知のゆがみ」は嘘である ?

2018年11月19日 · 依存症

私の外来には、

「痴漢を繰り返したため刑務所に入り、出所後に家族の勧めで来院した」

といった方が日常的に訪れます。

彼らが「家族の勧めで」とあえて述べる理由は、

・自分としては治療の必要性は無いと思う
・やっと釈放となった矢先に通院なんて面倒

といった気持ちの表れなのですが、

そこで私が

「再犯を繰り返してきたのに、なぜ治療が不要と思うのですか」

と尋ねるとほとんどのケースで、

・刑務所内で依存症の治療プログラムを受けたため、もう治療は十分である。
・自分が痴漢をしてきた理由は「認知のゆがみ」を抱えていたことが分かった。
・過去の自分は「世の中には触られたい女性がいる」というゆがんだ認知を抱えていた。
・今は「それが間違いであり、そんな女性はいない」と理解している
・二度と痴漢はしないし、今後は〇〇の仕事につき、××な人生を送るつもりである。

といった答えが返ってくるのです。

もちろん彼らの「もう痴漢はしない」という訴えが本音であることは、ひしひしと伝わってきます。

それは、激しい二日酔いのさなかに「今夜は飲むぞ」と考える人がいないように、

やっと刑務所から出たさなかで「また痴漢をしたい」と考える人もまたいないからです。

しかし、自身が痴漢を繰り返してきた理由について、

「『世の中には触られたい女性がいる』というゆがんだ認知(誤解)が原因だった」

と考えている限り、彼らの再犯リスクは極めて高いままなのです。

なぜなら私の外来には、

「刑務所内で認知のゆがみを修正したにも関わらず、再犯してしまった」

といった方もたくさん訪れるからです。

痴漢を繰り返してきた方が、自身の問題行動の心理背景について、

「『痴漢されたい女性もいる』という認知が原因であった」

と考えていることは、

パチンコ依存症の人が、借金を繰り返してまでパチンコが止められなかった理由について、

「『パチンコで勝ち続けられる人もいる』と誤解していたから」

と自己分析するのと同じくらい的外れなものであり、再犯や再発の予防には全く役立たないのです。

(真相はともかくとして、世の中に「痴漢されたい女性」や「パチンコで勝ち続ける人」がいたならば、彼らの認知はゆがんでいないからです)

事実、そんな場面で私が、

「でも、SM好きな人がいるように、触られたい女性だっているかもしれませんよ」
「ネットの掲示板には、痴漢願望を抱えた女性の書き込みもあるようですよ」

などと言うと、とたんに彼らは、

「やっぱりそうですよね」
「先生もそう思われますか」

などと話すのです。

これこそが「否認」と呼ばれている依存症の主症状なのですが(自分が自分についてしまっている嘘に気がつけない)、この点について彼らに非はないと思うのです。

なぜならこうした否認は、性依存症について無知な治療者から、無効な治療(認知行動療法)を受けた結果として育まれたものだからです。

では、有効な(再犯を防ぐ)治療とはどんなものなのか。

それは彼らが思い込んでいる「触られたい女性もいる」といった認知を正そうとするのではなく、

(患者さんの中には、「若い頃に痴漢した相手と、その後、交際した」と話す人もいます)

「もし、そうした女性がいたとしても、触られたい相手は『あなた』なのか」
「いたとしたなら、失敗せずにその女性を選別することができるのか」

こうした質問をしていくことで、患者さんの否認を壊していくのです。

加えて、自身を魅力的と思っていたり、そうした選球眼なるものを備えていると考えている人に対しては、

「痴漢されたい女性であっても、触られた後に『痴漢です』と声をあげることで多額の示談金を手にできるのであれば、

少なくとも私がその女性であったなら声をあげると思うのだが、それについてどう思うか」

こうした質問をすることで、自身が痴漢をやりつづけていた理由について、

「触られたい女性がいると誤解していたからではなく、あなたが知らない行為依存症という病の可能性がある」

と伝えていくことが大切なのです。

プラセボのレシピ:第353話

※ 依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています。

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「シャブ山シャブ子」は意志が弱いのか ?

2018年11月13日 · 依存症

モルヒネという物質をご存知でしょうか。

モルヒネは、薬剤としてはとても強力な鎮痛・鎮静作用があり、ガンなどの疼痛緩和医療において非常に有効である一方で、

強い依存性を持つために、世界各国で法律によって扱いが厳しく規制されている麻薬でもあります。

しかし、驚くべきことに、薬の教科書には以下のようなことは書かれているのです。

「麻薬を医療目的で適正に使用したならば、依存症や錯乱などの副作用は問題にならないことを患者に説明する」
(今日の治療薬2017:南江堂)

ここで言う医療目的とは「ガンの痛み」だけでなく、「骨折」や「重度の喘息発作」のことを指すのでが、なぜ医療目的であれば「依存症にならない」と明記されているのか。

それは、適切な医療によって骨折が治癒したり喘息発作が治まれば、一人で麻薬を用いているよりも、家族や友人・恋人などと過ごす方が楽しいからです。

しかし、その一方で「体ではなく心に強い痛みを抱えた人」が用いると、その痛みが取れない限り、モルヒネは「心の痛み止め」として継続使用されることとなり、端から見ると依存しているように映るのです。

参照:ねずみと覚せい剤のお話

もちろん、話はそんな単純なものだけではありません。

実際に麻薬でも覚せい剤でも、継続使用することによって脳内の報酬系が刺激され、コーヒーやアルコールのように「痛みがなくても欲しい」という状態になるのかもしれません。

しかし、少なくとも私が診察室で診てきた薬物依存主の患者さんたちは、誰もが「生き辛さ」を抱えた方たちばかりであり、

回復された(薬物を再使用することなく社会生活を送れるようになった)方たちは、ご自身の「生き辛さ」に対して、何かしらの解決策がとられてきた方たちなのです。

薬物依存症とはその薬物を意志が弱いから使っているのではなく、心の痛み止めとして手放せなくなっている状態であることを一人でも多くの方に理解して頂きたいのです。

参考書籍:薬物依存症 ちくま新書 松本俊彦著

プラセボのレシピ:第352話

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パチンコの楽しみはどこにある ?

2018年11月10日 · 依存症

診察室で、初対面のパチンコ依存症の患者さんに対して、

「あなたにとって、パチンコの何が楽しいのかを教えてください」

と質問をすると、誰もが言葉に詰まってしまいます。

なぜなら、患者さん自身も「なぜ、自分がそこまでパチンコにはまっているのか」が分からないからです。

しかし、質問をされたからには懸命に答えを探さそうとされますし、誰もが何かしらの答えを述べられます。

先日も、とある患者さんに同様の質問をしたところ、彼は困惑しながら「習慣だと思います」と答えました。

そこで私が、

「ではあなたは、帰宅ルートに暴漢が待ち構えていることを知りえた際も、『習慣だから』という理由でルートを変えることなく、みすみす暴漢からお金を巻き上げられるのですか?」

と尋ねると、彼は「そんなことはありません」「習慣的な帰宅ルートを変更して帰ると思います」と話されるわけです。

もちろん、これは彼がが嘘をついているのではなく、「自分は依存症という病気である」という自覚を持てないがゆえに生み出される、否認(自分に対する嘘)と呼ばれる症状です。

そもそも、私はかねてより「パチンコというゲームは面白くない」と考えているのです。

なぜなら、パチンコは麻雀やゴルフと違って、お金を賭けない(換金できない)状態で楽しめる人が皆無だからです。

ゲームセンターには、メダルゲームの一つとして、パチンコ台が置いてあることがあります。

しかし、それすら、所詮はメダルを賭けているから楽しいのであり、またメダルが換金できない以上、いつしか必ず飽きてしまうのです。

事実、そうした台に行列ができる話など聞いた事がありませんし、「メダルゲームのパチンコが原因でサラ金に手を出した」なんて人が私の依存症外来を訪れたこともありません。

また、パチンコ台は定期的に様々なキャラクターとコラボレーションをしていますが、その理由も「パチンコ自体は楽しくないから」であり、こうした現象は将棋や麻雀では起きえないのです。

つまり、依存症であろうとなかろうと、パチンコをしている人は、「結局はお金を賭けているから熱中しているに過ぎない」ということです。

そして賭けである以上は、その対象が株であれ仮想通貨であれ、損益が膨らみ続けているにも関わらず、その銘柄に賭け続ける行為は極めて不合理ですし、

ましてや「借金をしてまで」なんていうのであれば、それはもう極端に知性が欠けているか、病的な精神状態と判断せざるを得ないのです。

では、なぜ世の中にはこうした病的な精神状態(ギャンブル依存症)になってしまう人がいるのでしょう。

次回はその事について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第351話

※ 依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています。

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「クロス・アディクション」は依存症と呼べるのか ?

2018年11月01日 · 依存症

依存症の書籍や記事を読んでいると「クロス・アディクション」という用語を目にすることがあります。

これはウイキペディアによると、

複数の対象を持つ嗜癖。嗜癖は対象が異っても、同じ空虚感から同じようなメカニズムで発症しているので、同時に2つ以上の嗜癖が合併することがある(酒とギャンブル、薬物と性行為など)。反社会性の強い対象へ移行しつつ(アルコール→ギャンブル→薬物)嗜癖が続くことも多い。

とのことです。

また、私の患者さんの中にも「自分はクロス・アディクションなので重症です」と話される方もいます。

しかし、そもそも依存症とは「特定の物質や行為・過程に対して『やめたくても、やめられない』『より強い刺激を求める』『常に頭から離れない』状態」を指すわけですから、

対象が複数であったり移り変わる時点で「特定の対象にのめり込んでいる」とは言えないわけです。

たとえばお酒であれば、元々はビールだけでなくワインや日本酒なども飲んでいた人が、依存症になってしまうと、

・アルコールであればなんでもいい(バリエーションの減少)
・チャンスがあれば昼からでも飲む(TPOをわきまえなくなる)
・食事にすら興味を示さなくなる(食欲をも上回る強い渇望)

となり、値段が手ごろなサワーや焼酎を、つまみも取らずにダラダラと飲み続けるのです。

つまり何が言いたいかと言うと、「クロス・アディクション」こそが私の言う「なんちゃって依存症」であり、これが依存症と同じ疾患にカテゴライズされている結果、依存症という病態がより理解されにくいものになっているのです。(どちらも、患者さんが苦しいことに変わりはないのですが。)

では、このように「対象が2つ以上であったり、対象が移り変わる」状態にある方は「依存症ではなく何なのか」と言うと、答えは「パーソナリティ障害」である可能性が極めて高く、

治療は(宣伝と感じられるかもしれませんが)拙著を読んで頂くことをお勧めしているのです。

プラセボのレシピ:第350話

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合法化は安全性を担保する ?

2018年10月20日 · 依存症

カナダの娯楽用大麻の合法化に際して、東京スポーツさんより取材を受けました。

https://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/1161418/

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億男は幸せになれるのか?

2018年10月10日 · 依存症

先日、とある借金を抱えた方から

「もし宝くじが当たったなら、自分は幸せになれるでしょうか」

といった質問を受けました。

今日は、そんな「誰もが一度は夢見る宝くじ」について考えてみたいと思います。

では、想像しながら読んで欲しいのですが、

いつも自分の部屋を散らかしてしまう男性がいたとして、それを見かねた友人が代わりに部屋を片付けたなら、その後、部屋はどうなるでしょうか。

もちろん、しばらくは整理された状態が続くでしょう。しかし、いつか必ず元の状態へと戻ってしまうのです。

なぜなら、彼の部屋の状態は、彼の持つ「整理や整頓に対する価値観」の表れであり、彼がその価値観を持ち続けている限り、いくら他の人が片づけたところで問題の解決には至らないからです。

では、この話を宝くじに当てはめたならどうなるでしょうか。

言わずもがなですが、お金は使えば無くなってしまいます。

つまり、他の誰かが部屋を片したところで、何度でも部屋は散らかるように、

仮に宝くじで大金を得られたとしても、本人の「収支バランスに対する価値観」が変わらない限り、いつか必ず借金を抱えた状態へと戻ってしまうのです。

では、そんな価値観を変えるためにはどうすればよいのか。

残念ながら、私にもその方法は分かりません。

しかし、話を掃除に戻してみると、他人が部屋の片づけをしている限り、当人が「問題を作り出す価値観」に目を向ける機会は永遠にそがれたままとなるのです。

つまり、宝くじが人に幸せを運ぶか否かを論じるその前に、もし借金をした状態で宝くじが当たろうものなら、それこそ、当人が抱えている「問題を引き起こしている価値観」に、ますます目を向けられなくなるだけだと思うのです。

プラセボのレシピ:第349話

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「否認」という病

2018年10月09日 · 依存症

喫煙している医師に対して、

「なぜ、肩身の狭い思いをしてまでタバコを吸っているのですか」

と尋ねると、

「緊張やストレスが緩和されるから」

といった答えが返ってくることがあります。

しかし、そうした方に

「では、(ストレスが無いであろう)ハワイなどのリゾート地では吸わないのですか」

と尋ねたなら、彼らは決まって

「リゾート地でも吸っています」

と答えるのです。

もしくは、

「自分は過去に禁煙に成功したことがあるので、時が来たら(値段が○○円になったら)やめるつもり」

などと答えるケースもありますが、

そうした発言は重度の肥満の方が、

「過去に痩せたことがあるので、今は減量をしません」

と答えるのと同じくらい非論理的であることに彼らは気がつかないのです。

もちろん、私はここで彼らのことを「嘘つきだ」「非論理的だ」などと非難したいわけではありません。

そうではなく、

喫煙者は「自身がタバコに依存している」という事実を認知できないため、「吸う理由」や「止めない理由」を無意識が捏造してしまう

ということを知って頂きたいのです。

こうした「自分で自分に対して嘘をついてしまう」症状を精神医学では「否認」と呼ぶのですが、

依存症は「否認の病」と呼ばれるほど、こうした否認症状が次から次へと出現してしまうのです。

次回も、否認について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第348話

※ 私は喫煙している医師に対してなんらネガティブな印象を持っておりません。私も過去は愛煙家でした。本稿では、「否認」という症状を説明するために、合法である喫煙を例にあげてみました。

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています

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東京スポーツさんから取材を受けました

2018年10月04日 · 依存症

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/1139314/

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痴漢の「ムラムラしたから」は本当なのか ?

2018年10月01日 · 依存症

本日は「痴漢」について話してみたいと思います。

「痴漢はなぜ痴漢をするのか」と聞かれたなら、あなたは何と答えるでしょうか?

世間的には「痴漢を行う人は性欲が強い」と思われている傾向にあるようですが、これまで数百名以上の患者を治療してきた私に言わせればそれは誤りだと言えます。

なぜなら痴漢を繰り返している人は、射精を主たる目的としていないからです。

また、痴漢行為をしてきた人にその理由を尋ねると、「ムラムラしたから」と答える場合が多いのですが、

そうした際に「では、あなたは対象者(被害者)の顔を見て痴漢をしてきたのですか」と尋ねると、多くの方が「背後から触っていたため、相手の顔は見ていません」と答えるのです。

「対象者の顔も見ておらず、射精が主たる目的ではない」

こうした事実から「痴漢と性欲は無関係である」と言えるのです。(そもそも性欲が過剰な人は「触るだけ」で満足できるはずがないのです。)

では、痴漢の目的は何なのかというと、答えは「できるかもしれない」「成功するかもしれない」といったものに挑戦するギャンブル行為なのです。

私の外来には、毎日のように痴漢や盗撮、覗きや露出といった性依存症の患者さんが新規に受診され、そのほとんどが「何度も捕まり示談で解決してきた」、「刑務所に数回入ったことがある」といったケースです。

そこで私が「風俗でお金を払って欲求を満たしたらいかがですか」と尋ねると、誰もが「試したのですが、なんか違いました」と答えます。(まあ、風俗では満たせないがために犯行と逮捕を繰り返しているわけです。)

またその一方で「では、そんなに自分を抑えられないのであれば、ガラガラの電車内でも痴漢をしていたのですか」と尋ねると、やはり誰もが「ガラガラの車内でしたことは一回もありません」ときっぱり答えるのです。

つまり彼らは、絶対に成功する風俗や絶対に失敗するガラガラの電車では痴漢をしたいともやりたいとも思わない、

あくまでも「できるかもしれない」と感じられる満員電車でのみ痴漢行為を繰り返している、行為依存症の患者なのです。

プラセボのレシピ:第347話

※ 複数で犯行に及ぶケースや射精を主たる目的としたケースは「反社会性人格障害」であり、本稿で解説している「性依存症」とは全く異なる疾患(病態)です。

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています

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