プラセボのレシピ

プラセボのレシピ header image 1

「シャブ山シャブ子」は意志が弱いのか ?

2018年11月13日 · 依存症

モルヒネという物質をご存知でしょうか。

モルヒネは、薬剤としてはとても強力な鎮痛・鎮静作用があり、ガンなどの疼痛緩和医療において非常に有効である一方で、

強い依存性を持つために、世界各国で法律によって扱いが厳しく規制されている麻薬でもあります。

しかし、驚くべきことに、薬の教科書には以下のようなことは書かれているのです。

「麻薬を医療目的で適正に使用したならば、依存症や錯乱などの副作用は問題にならないことを患者に説明する」
(今日の治療薬2017:南江堂)

ここで言う医療目的とは「ガンの痛み」だけでなく、「骨折」や「重度の喘息発作」のことを指すのでが、なぜ医療目的であれば「依存症にならない」と明記されているのか。

それは、適切な医療によって骨折が治癒したり喘息発作が治まれば、一人で麻薬を用いているよりも、家族や友人・恋人などと過ごす方が楽しいからです。

しかし、その一方で「体ではなく心に強い痛みを抱えた人」が用いると、その痛みが取れない限り、モルヒネは「心の痛み止め」として継続使用されることとなり、端から見ると依存しているように映るのです。

参照:ねずみと覚せい剤のお話

もちろん、話はそんな単純なものだけではありません。

実際に麻薬でも覚せい剤でも、継続使用することによって脳内の報酬系が刺激され、コーヒーやアルコールのように「痛みがなくても欲しい」という状態になるのかもしれません。

しかし、少なくとも私が診察室で診てきた薬物依存主の患者さんたちは、誰もが「生き辛さ」を抱えた方たちばかりであり、

回復された(薬物を再使用することなく社会生活を送れるようになった)方たちは、ご自身の「生き辛さ」に対して、何かしらの解決策がとられてきた方たちなのです。

薬物依存症とはその薬物を意志が弱いから使っているのではなく、心の痛み止めとして手放せなくなっている状態であることを一人でも多くの方に理解して頂きたいのです。

プラセボのレシピ:第352話

→ コメント(0)タグ :

パチンコの楽しみはどこにある ?

2018年11月10日 · 依存症

診察室で、初対面のパチンコ依存症の患者さんに対して、

「あなたにとって、パチンコの何が楽しいのかを教えてください」

と質問をすると、誰もが言葉に詰まってしまいます。

なぜなら、患者さん自身も「なぜ、自分がそこまでパチンコにはまっているのか」が分からないからです。

しかし、質問をされたからには懸命に答えを探さそうとされますし、誰もが何かしらの答えを述べられます。

先日も、とある患者さんに同様の質問をしたところ、彼は困惑しながら「習慣だと思います」と答えました。

そこで私が、

「ではあなたは、帰宅ルートに暴漢が待ち構えていることを知りえた際も、『習慣だから』という理由でルートを変えることなく、みすみす暴漢からお金を巻き上げられるのですか?」

と尋ねると、彼は「そんなことはありません」「習慣的な帰宅ルートを変更して帰ると思います」と話されるわけです。

もちろん、これは彼がが嘘をついているのではなく、「自分は依存症という病気である」という自覚を持てないがゆえに生み出される、否認(自分に対する嘘)と呼ばれる症状です。

そもそも、私はかねてより「パチンコというゲームは面白くない」と考えているのです。

なぜなら、パチンコは麻雀やゴルフと違って、お金を賭けない(換金できない)状態で楽しめる人が皆無だからです。

ゲームセンターには、メダルゲームの一つとして、パチンコ台が置いてあることがあります。

しかし、それすら、所詮はメダルを賭けているから楽しいのであり、またメダルが換金できない以上、いつしか必ず飽きてしまうのです。

事実、そうした台に行列ができる話など聞いた事がありませんし、「メダルゲームのパチンコが原因でサラ金に手を出した」なんて人が私の依存症外来を訪れたこともないのです。

また、パチンコ台は定期的に様々なキャラクターとコラボレーションをしていますが、その理由も「パチンコ自体は楽しくないから」であり、こうした現象は将棋や麻雀では起きえないのです。

つまり、依存症であろうとなかろうと、パチンコをしている人は、「結局はお金を賭けているから熱中しているに過ぎない」ということです。

そして賭けである以上は、その対象が株であれ仮想通貨であれ、損益が膨らみ続けているにも関わらず、その銘柄に賭け続ける行為は極めて不合理でしょうし、

ましてや「借金をしてまで」なんていうのであれば、それはもう極端に知性が欠けているか、病的な精神状態と判断せざるを得ないのです。

では、なぜ世の中にはこうした病的な精神状態(ギャンブル依存症)になってしまう人がいるのでしょう。

次回はその事について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第351話

※ 依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています。

→ コメント(0)タグ :

「クロス・アディクション」は依存症と呼べるのか ?

2018年11月01日 · 依存症

依存症の書籍や記事を読んでいると「クロス・アディクション」という用語を目にすることがあります。

これはウイキペディアによると、

複数の対象を持つ嗜癖。嗜癖は対象が異っても、同じ空虚感から同じようなメカニズムで発症しているので、同時に2つ以上の嗜癖が合併することがある(酒とギャンブル、薬物と性行為など)。反社会性の強い対象へ移行しつつ(アルコール→ギャンブル→薬物)嗜癖が続くことも多い。

とのことです。

また、私の患者さんの中にも「自分はクロス・アディクションなので重症です」と話される方もいます。

しかし、そもそも依存症とは「特定の物質や行為・過程に対して『やめたくても、やめられない』『より強い刺激を求める』『常に頭から離れない』状態」を指すわけですから、

対象が複数であったり移り変わる時点で「特定の対象にのめり込んでいる」とは言えないわけです。

たとえばお酒であれば、元々はビールだけでなくワインや日本酒なども飲んでいた人が、依存症になってしまうと、

・アルコールであればなんでもいい(バリエーションの減少)
・チャンスがあれば昼からでも飲む(TPOをわきまえなくなる)
・食事にすら興味を示さなくなる(食欲をも上回る強い渇望)

となり、値段が手ごろなサワーや焼酎を、つまみも取らずにダラダラと飲み続けるのです。

つまり何が言いたいかと言うと、「クロス・アディクション」こそが私の言う「なんちゃって依存症」であり、これが依存症と同じ疾患にカテゴライズされている結果、依存症という病態がより理解されにくいものになっているのです。(どちらも、患者さんが苦しいことに変わりはないのですが。)

では、このように「対象が2つ以上であったり、対象が移り変わる」状態にある方は「依存症ではなく何なのか」と言うと、答えは「パーソナリティ障害」である可能性が極めて高く、

治療は(宣伝と感じられるかもしれませんが)拙著を読んで頂くことをお勧めしているのです。

プラセボのレシピ:第350話

コメントは受け付けていません。タグ :

合法化は安全性を担保する ?

2018年10月20日 · 依存症

カナダの娯楽用大麻の合法化に際して、東京スポーツさんより取材を受けました。

https://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/1161418/

コメントは受け付けていません。タグ :

億男は幸せになれるのか?

2018年10月10日 · 依存症

先日、とある借金を抱えた方から

「もし宝くじが当たったなら、自分は幸せになれるでしょうか」

といった質問を受けました。

今日は、そんな「誰もが一度は夢見る宝くじ」について考えてみたいと思います。

では、想像しながら読んで欲しいのですが、

いつも自分の部屋を散らかしてしまう男性がいたとして、それを見かねた友人が代わりに部屋を片付けたなら、その後、部屋はどうなるでしょうか。

もちろん、しばらくは整理された状態が続くでしょう。しかし、いつか必ず元の状態へと戻ってしまうのです。

なぜなら、彼の部屋の状態は、彼の持つ「整理や整頓に対する価値観」の表れであり、彼がその価値観を持ち続けている限り、いくら他の人が片づけたところで問題の解決には至らないからです。

では、この話を宝くじに当てはめたならどうなるでしょうか。

言わずもがなですが、お金は使えば無くなってしまいます。

つまり、他の誰かが部屋を片したところで、何度でも部屋は散らかるように、

仮に宝くじで大金を得られたとしても、本人の「収支バランスに対する価値観」が変わらない限り、いつか必ず借金を抱えた状態へと戻ってしまうのです。

では、そんな価値観を変えるためにはどうすればよいのか。

残念ながら、私にもその方法は分かりません。

しかし、話を掃除に戻してみると、他人が部屋の片づけをしている限り、当人が「問題を作り出す価値観」に目を向ける機会は永遠にそがれたままとなるのです。

つまり、宝くじが人に幸せを運ぶか否かを論じるその前に、もし借金をした状態で宝くじが当たろうものなら、それこそ、当人が抱えている「問題を引き起こしている価値観」に、ますます目を向けられなくなるだけだと思うのです。

プラセボのレシピ:第349話

コメントは受け付けていません。タグ :

「否認」という病

2018年10月09日 · 依存症

喫煙している医師に対して、

「なぜ、肩身の狭い思いをしてまでタバコを吸っているのですか」

と尋ねると、

「緊張やストレスが緩和されるから」

といった答えが返ってくることがあります。

しかし、そうした方に

「では、(ストレスが無いであろう)ハワイなどのリゾート地では吸わないのですか」

と尋ねたなら、彼らは決まって

「リゾート地でも吸っています」

と答えるのです。

もしくは、

「自分は過去に禁煙に成功したことがあるので、時が来たら(値段が○○円になったら)やめるつもり」

などと答えるケースもありますが、

そうした発言は重度の肥満の方が、

「過去に痩せたことがあるので、今は減量をしません」

と答えるのと同じくらい非論理的であることに彼らは気がつかないのです。

もちろん、私はここで彼らのことを「嘘つきだ」「非論理的だ」などと非難したいわけではありません。

そうではなく、

喫煙者は「自身がタバコに依存している」という事実を認知できないため、「吸う理由」や「止めない理由」を無意識が捏造してしまう

ということを知って頂きたいのです。

こうした「自分で自分に対して嘘をついてしまう」症状を精神医学では「否認」と呼ぶのですが、

依存症は「否認の病」と呼ばれるほど、こうした否認症状が次から次へと出現してしまうのです。

次回も、否認について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第348話

※ 私は喫煙している医師に対してなんらネガティブな印象を持っておりません。私も過去は愛煙家でした。本稿では、「否認」という症状を説明するために、合法である喫煙を例にあげてみました。

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています

コメントは受け付けていません。タグ :

東京スポーツさんから取材を受けました

2018年10月04日 · 依存症

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/1139314/

コメントは受け付けていません。タグ :

痴漢の「ムラムラしたから」は本当なのか ?

2018年10月01日 · 依存症

本日は「痴漢」について話してみたいと思います。

「痴漢はなぜ痴漢をするのか」と聞かれたなら、あなたは何と答えるでしょうか?

世間的には「痴漢を行う人は性欲が強い」と思われている傾向にあるようですが、これまで数百名以上の患者を治療してきた私に言わせればそれは誤りだと言えます。

なぜなら痴漢を繰り返している人は、射精を主たる目的としていないからです。

また、痴漢行為をしてきた人にその理由を尋ねると、「ムラムラしたから」と答える場合が多いのですが、

そうした際に「では、あなたは対象者(被害者)の顔を見て痴漢をしてきたのですか」と尋ねると、多くの方が「背後から触っていたため、相手の顔は見ていません」と答えるのです。

「対象者の顔も見ておらず、射精が主たる目的ではない」

こうした事実から「痴漢と性欲は無関係である」と言えるのです。(そもそも性欲が過剰な人は「触るだけ」で満足できるはずがないのです。)

では、痴漢の目的は何なのかというと、答えは「できるかもしれない」「成功するかもしれない」といったものに挑戦するギャンブル行為なのです。

私の外来には、毎日のように痴漢や盗撮、覗きや露出といった性依存症の患者さんが新規に受診され、そのほとんどが「何度も捕まり示談で解決してきた」、「刑務所に数回入ったことがある」といったケースです。

そこで私が「風俗でお金を払って欲求を満たしたらいかがですか」と尋ねると、誰もが「試したのですが、なんか違いました」と答えます。(まあ、風俗では満たせないがために犯行と逮捕を繰り返しているわけです。)

またその一方で「では、そんなに自分を抑えられないのであれば、ガラガラの電車内でも痴漢をしていたのですか」と尋ねると、やはり誰もが「ガラガラの車内でしたことは一回もありません」ときっぱり答えるのです。

つまり彼らは、絶対に成功する風俗や絶対に失敗するガラガラの電車では痴漢をしたいともやりたいとも思わない、

あくまでも「できるかもしれない」と感じられる満員電車でのみ痴漢行為を繰り返している、行為依存症の患者なのです。

プラセボのレシピ:第347話

※ 複数で犯行に及ぶケースや射精を主たる目的としたケースは「反社会性人格障害」であり、本稿で解説している「性依存症」とは全く異なる疾患(病態)です。

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています

コメントは受け付けていません。タグ :

ギャンブル依存症という病は本当にあるのか ?

2018年09月26日 · 依存症

前回、依存症という病気は、

・物質依存症(覚せい剤、大麻、アルコール、など)
・行為依存症(ギャッブル、窃盗癖、痴漢、など)
・人間関係依存症(DV、繰り返す不倫、など)

の三種類からなることを説明しましたが、本日は 「ギャンブル依存症」について説明してみます。

私達は、

・ビンゴゲームや合格発表のような「自分が当選するかも」といった場面
・バーゲンや昆虫採集のような「レアなものを発見できるかも」といった場面

におかれると「ワクワク」や「ドキドキ」といった、ポジティブな感情を得ることができます。

そして、にわかには信じがたいことかもしれませんが、覚せい剤依存症の人が覚せい剤という「特定の物質」に依存するように、

世の中にはこうした「ワクワク」や「ドキドキ」といった感情が得られる「特定の行為」に依存してしまう人がいるのです。

覚せい剤を摂取すると、人の脳内では「ドーパミン」と呼ばれる物質が分泌され「快」というポジティブな感情がもたらされるのですが、

この「ワクワク」や「ドキドキ」といった感情を体験している人の脳内でも、同じドーパミンが分泌されているからです。

代表的な行為依存症には「ギャンブル依存症」や「痴漢や盗撮などの性依存症」そして「窃盗癖」が挙げられますが、この病気になってしまうと人は生まれ持った知性や人格とは関係無しに、

・「分かっちゃいるけど、やめられない」
・「自己破産や逮捕をされても、時が経つと始めてしまう」

といった症状が出現し続けてしまうのです。

もちろん、中には「なんちゃって依存症」と私が呼んでいる、偽者のギャンブル依存症や性依存症もあり、

・不快な現実から目をそらすためにギャンブルに逃避をしている
・射精を目的とした性犯罪を繰り返しているケース

などがこれに当たります。

しかし、「借金がどんどんとかさんでいても競馬やパチスロをやめられない」といった方のほとんどは本物の行為依存症であり、仮に大金を手にしようともギャンブルから足を洗うことはできないのです。

ギャンブル依存症の人を指差して「あいつ意志が弱い」「ダメな奴だ」などと言う人は少なくありません。

しかし、「お金が欲しくて始めたギャンブル」によって借金がどんどんとかさんでいく状態にありながらも当該のギャンブル行為を継続している様は、「借金が恐怖となり得ない強靭な意志の持ち主」とも表現できるのです。

つまり、ここで私が言いたいことは「彼らは意思が弱いのではなく、行為依存症という病気である」ということなのです。

次回は、痴漢や盗撮の心理について書いてみたいと思います。

プラセボのレシピ:第346話

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろんのこと、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床での知見や気づきを書いています。

コメントは受け付けていません。タグ :

依存症は、意志が弱くてだらしがない ?

2018年09月21日 · 依存症

依存症という病気は、

・物質依存症(覚せい剤、大麻、アルコール、など)
・行為依存症(ギャッブル、窃盗癖、痴漢、など)
・人間関係依存症(DV、ホストクラブ、など)

の三種類に分けることができます。

そして、これらの病気の治療を考えるにあたり、まずは以下の三つについて説明したいと思います。

①:世の中には「依存症」という病気が存在する
②:依存症は「意志の力」とは無関係である
③:依存症は「治らない」

① と ② について (アルコール、薬物を中心に)

前回の話の続きになりますが、「なぜ世界中の国々が覚せい剤を違法としているのか」の答えは、「依存症という、やめられることができなくなる病気になってしまう人がいるから」でした。

アルコール依存症も同様で、この病気が理解されにくい最大の原因は「全員がなるわけではない」という点にあるのです。

しかし、何がしかの理由を抱えた人は徐々に飲酒量が増えていき、意志の力では飲酒量や時間、タイミングなどをセーブできない「アルコール依存症」という病気になってしまうのです。

何がしかの理由とは、「孤独や不安が強い」「相談相手が苦手」「頑張り屋さんのため一人で抱え込む」といった性格因子や、「産後に相談相手がいない母親」「人前での緊張が強いが、そういった場面が多い方」などといったケースをさします。

こうしてアルコール依存症になってしまうと、周囲からは「飲まないと約束したのに嘘をつく人」「お酒を飲んで出勤するなんて非常識」などと人格を否定されてしまうのです。

「気合や根性で我慢すればいい」なんてことを話される患者さんのご家族と会ったこともあります。

しかし、アルコール依存症の患者さんはお酒に対する病的な渇望感だけでなく、アルコールの血中濃度が下がるタイミングで身体的な離脱症状も出現しているのです。具体的には「ハンドルが握れないほど手が震える」「滝のような汗が出て止まらない」といった症状です。

こうなるともう仕事どころではありません。ただし自分でも「原因は分からないけど、飲めば止まる」ということは知っているため「仕事に行くためにお酒を飲む」という、誰からの理解も得られない行動をとってしまうのです。

加えて長期間のアルコール暴露は「飲酒時の理性や判断能力が大幅にダウンする」といった症状も引き起こします。

先日、某タレントが「飲酒運転でのひき逃げ事件」を起こしてし、多くの方が批判的なコメントをされていました。

しかし、赤信号で横断歩道に突っ込んでしまうような精神状態の方が、事故を起こした際に理性的な行動など取れようもないのです。

もちろん私はここで加害者の罪や行動を擁護したいのではありません。

そうではなく、アルコールを日常的に摂取することで誰もが依存症となり、加害者側に回るリスクがあることを知って頂きたいのです。

(意志が弱いから病気になるのでもありませんし、なったなら誰もが社会性が失われていくのです)

次回は、ギャンブル依存症について考えていきます。

プラセボのレシピ:第345話

 

依存症の治療は言葉にするのが難しく、またこれといった教科書などもありません。当事者やその家族はもちろん、治療者すらも困っているのが現実です。このブログはそんな方々に向けて「少しでも力になれれば」といった思いから、日々の臨床の気づきを書いています。

コメントは受け付けていません。タグ :