プラセボのレシピ

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「完璧主義」への処方箋

2017年10月12日 · 人生, 深層心理

「完璧主義の性格を治したいです」

先日、こうした相談を受ける機会がありました。

誰の中にも完璧を求めてしまう傾向はありますが、完璧主義とはいったい何なのでしょうか。

結論から言うと、完璧主義とは「自己肯定感の欠如を補うための自己救済」と、言えるのです。

本人の中には、

「自分は価値の低い存在である」

といった自己認識が存在しており、完璧な結果を出さなければ自身の存在価値が揺らいでしまうのです。

では「なぜ、そうなってしまったのか」というと、その原因は養育環境の影響が大きいのです。

・親の言う通りにしないと愛して貰えなかった

・結果を出さなければ愛して貰えなかった

こうした、いわゆる「条件つきの愛」と呼ばれる環境で養育を受けると、人は「自分」という存在に対して強い自己否定感を抱えてしまい、社会的に自立を果たしたその後も「自分は完璧でなければならない」という強迫観念を抱き続けてしまうのです。

完璧主義とは「完璧でなければ無価値である」という「オール・オア・ナッシングパターン」と表現することもできます。

しかし、どんなに才能があろうと、努力を重ねようと、常に完璧でいることは不可能です。

なぜなら、恋愛で言えば「才能や努力」よりもお互いの「相性」が重要になりますし、仕事で言えば、営業成績、昇進のスピード、企画の選考、こうしたものは運も含めた不確定要素の比重がとても大きいからです。

つまり、完璧主義とは「いつかは必ず自分を不幸に導く」恐ろしい思考パターンとも言えるのです。

こうした話をすると、自身の養育環境を責めてしまう方は少なくありません。

しかし、こうした行為は、「自分の力では自分の未来を変えられない」といった自己否定感を強化してしまうだけなのです。

では、「完璧主義」を治すためにはどうすればよいのでしょうか。

まずは「自分は愛情を求めている」ということをしっかりと認識し、その上で「自分ならどんな人を愛するのか」といった視点を持つことが大切なのです。

想像してみて欲しいのですが、もし目の前に「全てが完璧な人」がいたらどのように感じるでしょうか。

「凄いな」と尊敬する一方で、一緒に関わっていくとなると、少し息苦しさを感じてしまう人は少なくないと思うのです。

また、長年に渡って多くの方から愛されている有名人の方に目を向けてみるのもいいかもしれません。

たとえば、私は昔から「長嶋茂雄さん」と「ビートたけしさん」が大好きです。

たしかに、お二人とも多くの結果や素晴らしい功績を残されてきた、とても偉大な方です。

しかし、では「彼らの全てが完璧か」というともちろんそんなことはなく、ちょっと変わった所や失敗談的な話もたくさんあるのです。

つまり、「人は長所ではなく短所で愛される」のです。

プラセボのレシピ:第328話

 

 

 

 

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大切な人へ想うこと

2017年09月24日 · 人生, 深層心理

「大切な人が、変わってしまって残念です」

と、相談を受ける機会がありました。

こうした経験は誰もがするものであり、悲しみ以外にも様々な気持ちが生まれて来ます。

しかし、そうした際に

「もしかして、変わったのは自分の方かもしれない」

「もしかして、自分も何かを変える時期が来たのかもしれない」

などと考えてみると、不思議と相手への否定的な感情は小さくなり、

今度は、自分自身の問題が浮き上がって来るのです。

本当の意味での「思いやり」 とは、

「相手に何かをしてあげること」ではなく、「自分自身を見つめ直すこと」だと思うのです。

プラセボのレシピ:第327話

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倫にあらずで不倫です

2017年09月19日 · 恋愛

Menjoyさんに寄稿しました。

https://www.men-joy.jp/archives/330930

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忠告と分別について

2017年07月01日 · 人生

本質を得た忠告ができるほどの分別を備えた人は、
その分別によって、他者に忠告などしないのである。

プラセボのレシピ:第328話

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資本主義による洗脳

2017年06月23日 · 依存症, 社会精神医学

「年収と、その人の価値とは無関係である」

これに異論を唱える人は極少数だと思います。

にも関わらず、初対面の人から年収を訪ねられ

心中穏やかな人もまた極少数なのです。

 

プラセボのレシピ:第327話

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知性の指標

2017年06月02日 · 人生

人の知性は、どこに現れるのか ?

学歴 ?

役職 ?

知識量 ?

それらもひとつの指標にはなるかもしれない。

しかし、一番は何かと聞かれたなら

その人物の「笑い方」だと、僕は思う。

プラセボのレシピ:第326話

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下着泥棒の心理分析

2017年05月29日 · 依存症, 深層心理

なぜ、下着泥棒は下着を盗み、そしてそれらを押入れなどに大量に保管をするのか。

今日は、こうしたいわゆる「病的窃盗」の心理について書いてみます。

人は、美味しいものを食べる・好きな異性と性的接触をする・タバコを吸う・飲酒や違法薬物を使用する、こうした行為を行うと脳内で「快」と呼ばれる感情の源であるドーパミンという物質が分泌されます。

人気のラーメン店に並ぶのも、雨の日にわざわざタバコを買いに出かけるのも、全てこのドーパミンが脳内で分泌されることが原因です。

そして、このドーパミンはそれだけでなく、自分の中で「価値がある」と感じるものを得た時や、「自分にしか出来ないであろう」と感じることをやってのけた際にも脳内で分泌され、これがギャブル依存症や、痴漢、盗撮、病的窃盗といった病気の原因となるのです。

下着泥棒の方の治療をしていると「なんとなく盗れそうだったから盗ってみた」「お金を盗み入ったところ下着もあったので一応、盗っておいた」初回はこうしたケースがとても多いのです。しかし、一度成功したが最後、それが本人の深層心理において「価値ある行為を達成できた」と認識されたなら、(たしかに日常下において他人の下着はレアアイテムです)彼らはもうお金を盗ることよりも何よりも、下着を盗ることに魅せられてしまうのです。(脳内に依存症の回路が形成されてしまうのです)

では、なぜ下着泥棒は大量の下着を盗み続けるのか。それは、このドーパミンという物質を出す神経細胞が刺激に対して反応が鈍くなっていくからです。

要は、毎回おなじ量のドーパミンを出すためには、より強い刺激や頻度が必要となってしまうということです。

お酒でも覚せい剤でも、使い続けると徐々にその使用量は増えていきますが、これを下着泥棒に当てはめるなら、より頻回に、より大量に、そしてよりレアなものを盗らないとドーパミンが出なくなってしまう、ということです。

彼らも始めは、手が届くところに干してある下着で満足できたのです。しかし、その後は電柱に登らないと盗れない下着、高層マンションのベランダの下着と、どんどんエスカレートしていき、それこそ命がけの作業になっていくのです。

しかし、彼らはそれを盗めど盗めど、決して幸せになれることはありません。なぜなら彼らは「下着を盗る」というプロセス(過程)に依存しているからです。これが、下着泥棒が延々と犯行を繰り返してしまう理由なのです。

では、なぜこうした人達はとった下着を自宅に大量に溜め込むのでしょうか。

繰り返しになりますが、彼らは盗る過程に依存をしているのであり、盗った下着にはさして価値を感じてはいません。(彼らの多くは、盗んだ下着を用いての性的な処理も行なわないのです)

しかし、手に入れるために多大な苦労をしたという事実はあるために、止む無くそれらを人目のつかない押入れなどに押し込んでおくのです。

「だったら捨てればいいのに」と考える人もいるかもしれません。しかし、着もしない服を「値段が高かった」という理由で、とりあえずタンスに保管しておく、なんて経験は誰にでもあるはずです。

私はいつも、こうした患者を前にすると、例の登山家の話を思い出します。

「登山家はなぜ山を登るのか」、答えは「そこに山があったから」です。そして登山家にとって大切なことは、あくまでも「自分の足で登る」過程であり、ヘリコプターではダメなのです。

では、下着泥棒は何のために下着を盗むのか。

答えは「そこに下着があったから」だと、言えるのです。

 

プラセボのレシピ:第325話

 

※ 先日、東京スポーツさんに寄稿させて頂いた文章を一部加筆、修正したしました。

 

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大人のモテは難しい ?

2017年05月22日 · 恋愛, 未分類

「オトナモテラボ」さんでの寄稿を再開しました

http://harunorei.net/active/

 

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怒りの心理学

2017年05月13日 · 深層心理

ダイヤモンドオンラインに寄稿をしました。

http://healthpress.jp/

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二つのベクトル

2017年04月24日 · 人生

長年、武道の世界に身を置くと、ある一つのことに気がつく。

それは、「楽しむための戦い方」と「勝つための戦い方」とでは、全く異なるということだ。

どちらの戦い方で取り組むべきなのか、
それは誰にも分からない。

「楽しいことが一番」という人もいるだろう。
「勝利こそが醍醐味」という人もいるはずだ。

しかし、一つだけ言えることは、
この二つを同時に満たす戦い方は極めて稀だということだ。

そしてこのことは、恋愛や仕事はもちろん、
人生でも同様なのではないだろうか。

プラセボのレシピ:第324話

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